ありがとう兄貴

金本選手が引退した。
最近はプロ野球観戦をする機会もめっきり減ってしまい、
阪神ファンと名乗るのも恥ずかしいところではあるが、
偉大な男の人生の節目に際し、その思いを綴らずにはいられない。

金本選手は「連続出場イニング数の世界記録保持者」として知られている。
プロ野球選手としては決して恵まれた体ではなかったが
厳しいトレーニングと怪我を言い訳にしない姿勢によって
大記録を樹立したことはあまりにも有名でここで特筆する必要もありません。

私が着目したい金本選手の偉大さは
金本選手が移籍した年に低迷していた阪神が優勝している
というところにあります

金本選手が阪神に移籍した2003年は、星野監督に代わり2年目の年でした。
その中心としてチームを牽引したのが金本選手であったわけですが、
2003年の金本選手の打撃成績を見ると、
ホームランは19本で7年ぶりに20本を切っています。
打率は2割8分9厘で、 打点が77と、こちらもパッとしない。

では、中心選手としてどのような役割を果たしたのか?
ということなのですが、
金本選手が果たした役割は
「チームのスタンダードを変える」ということでした。
特に「チームの勝利の貢献する」という姿勢を
チーム内に浸透させたことが大きいと思います

金本選手の前には赤星選手というリードオフマンがおり、
後ろを打つのは浜中選手という将来の阪神を背負う生え抜きの選手。
それらの選手の能力を最大限に発揮し、チームが勝利できるように、
自分自身の役割を決めて、やりきったことです。

実際に打撃成績はパッとしませんが、
自分が初球から攻めるよりも、
赤星選手が走れるのを待った方が点が入ると思えば絶好球であろうと見逃す。
ホームランを狙えば打てるようなピッチャーでも
確実な点が必要であれば進塁打を狙う。
プロの世界では当たり前と言えば当たり前のことですが。
それ以前の阪神は出来ていなかった。

下位に低迷したチームでは、優勝の芽がないので自分の記録を狙ってしまう。
自分の記録を狙う選手が増えるので益々勝てない悪循環。
そのサイクルを変えたことに価値があるのです。

チームの要として、チームのスタンダード(常識)を変えたのです。

チームがブレイクスルーを成し遂げるとき、何らかのスタンダードの変化が必要です。
図抜けて優秀な選手が加わった時に、
周りの選手のプレーのレベルも上がり、スタンダードが変わることがありますが、
そうでなくとも、チームの中心選手次第で変えることが出来ます。
優秀な監督が指導するだけでは、この変化は起きません。

東北福祉大学が全日本大学野球選手権で初優勝を成し遂げたのは
金本選手が4年生の時です。
偶然ではないと思います。

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