「わかる」を「できる」に変える 実践経営パートナー

親に相談

久々のブログ更新です。
今回は「自分で決める」というテーマです。

先月、ある企業での就職活動の話を伺いました。
その企業は従来一本釣りで「これは」と思った学生を採用していました。
規模が拡大してきたこともあり、数年前から一般公募を始めたそうです。
そして、学生を募集してみると
圧倒的に女性の方が優秀だということが分かった」というのです。

その理由はそのオーナーが行っている最終面接の問答にあります。
応募者は東京在住の学生が多いそうです。
そして、その学生たちに最終面接で
「採用になったら、大阪勤務もある。どこに勤務になるかは分からない。
しかし、今ここでうちに来ると決めたら採用してやる。どうする?」
と質問するのだそうです。

すると、殆どの男子学生は
「ちょっと親と相談しないと」と決断ができない。
一方、女子学生は「どこでも行きます」と決めるという話でした。

 

この話を聞いて「本当なのか?」と疑ってみるのですが、
他にも似たような話を聞きます。
「大学の受験日に、保護者が待機するための部屋がある」
「立命館大学は滋賀県の草津キャンパスに
アメリカンフットボールの専用競技場があるが、
そこを本拠地にしていると大阪の学生を集められなくなってきた。
理由は、最近の学生は親との同居を選ぶので、
大阪から通えないから」ということです。

今は親に依存することが当たり前になり、
無自覚の内に自立が遅れているのかもしれません。

これは、なるべくしてそうなっているのだと思います。
モノやサービスが溢れている環境で育っているので、
「親にお願いすれば多くの事は適う環境」にあります。

社会の仕組みができあがっているので、
周りの人と同じような選択をしていれば、
そこそこの収入を得られる仕事につけます。

分で自分の人生の大きな決断をする
自分で既成のルールを変えて挑戦する
必要などないのかもしれません。

これは若者だけに当てはまる話ではありません。
企業に勤めていると、
当たり前ではないことが当たり前になっていたりします。

看板の力があるので顧客に会ってもらえます。
設備投資をする資金があります。
問題を相談する仲間がいます。
オフィスがあり、机や車や携帯が支給されます。
福利厚生も充実していることが当たり前であったりします。

「感謝」の反対は「当たり前」です
当たり前だと思ってしまうと、感謝できなくなります。
感謝がなくなると、不平不満だけで改善の提案に繋がりません。
「会社の福利厚生が使いにくい」なんて話が出るのは、
無自覚にそのような環境に甘えてしまっているからです。

会社の業績目標も与えられることに慣れてしまっていませんか?
目標の高さに不平不満を募らせていませんか?
自分の目標と捉え直し、「自分が達成すると決める」事はできていますか?
与えられたものであっても自分で決める癖をつけましょう。

SNSでフォローする