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どうすればパワハラの根本治癒ができるのか?

(1)不幸なパワーハラスメント


 職場でパワーハラスメントなどの問題はないでしょうか?厚生労働省が運営している「あかるい職場応援団」のホームページを見ると、下図の「都道府県労働局等に設置した総合労働相談コーナーに寄せられる「いじめ・嫌がらせ」に関する相談件数」のグラフが掲載されています。年々増加傾向で、相談内容の中でトップを占めているようです。

 

 パワーハラスメントにも様々な種類があります。「弱いものをいじめることでストレスを発散する」「自分の立場を守るために周りの人を蹴落とそうと攻撃をする」など悪質なものもありますが、「良かれと思って部下を指導していたのにパワハラになってしまった」というケースもあります。

 この熱意ある指導者がパワハラをしてしまう不幸な現象は、以下のようなことで生じます。

 多くの組織が目指していることは「良好な人間関係」ではなく、何らかの「価値提供」であって、顧客を増やし、提供価値を増やすことを通じて、売上・利益を伸ばすことです。そして、その組織の中では価値提供をする能力の高い人が評価をされてリーダーになります。そして、リーダーになった人はより多くの価値提供をすることを目的に頑張ります。

 価値提供できることが正義であって、周りの人にも価値提供できる行動を求めます。その期待が大きくなると、熱意を持って部下を指導し、期待する行動を求めます。「仕事なのだから」「それが役割だから」という理由で、その正当性は強化され、行き過ぎると攻撃になっているということが不幸なパワハラに見られる現象です。


(2) 企業ミッションの上位目的


 ここで大事になってくることは、「なぜ企業が価値提供を追求しているのか」というミッションやビジョンの上位にある目的です。

 起業家がビジネスをスタートする場面から考えると理解しやすいので、そこから考えてみましょう。何かしらの「世の中に必要なサービス」を提供することで、「世の中を良くすること」「その結果収入を得ること」「世の中を改革した人間として名声を得ること」など、「自分が思い描く幸せな未来を実現する」という目的を持って起業します。それが実現することが幸せなのですから、どのような起業家であろうと「自分が幸せになること」を目的にして起業をしていると言えます。不幸になることを目指して起業をしている人は誰一人いません。

 そして、その実現に向けて一緒に活動をしてくれるメンバーを集めます。その時に、どういう目的で参加メンバーを集めていくのか、ということで違いが出てきます。「自分が幸せになること(企業ミッションの実現)に協力をしてもらう」という企業優先のスタンスなのか、「参加するメンバーと一緒に幸せになる」という共存共栄のスタンスかの違いです。

 例えば、採用面接の場面で、企業優先のスタンスだと「あなたは当社のために何ができますか?どんな貢献ができますか?」という観点が最優先になります、共存共栄のスタンスだと「あなたは人生の中でどんな幸せを願っていますか?」「当社で働くことを通じて、どんな幸せを手にしたいですか?」という観点をしっかり考慮するでしょう。後者のスタンスは、「当社のミッション実現に向けて働くことに喜び感じられる価値観を持ち合わせている」「当社の仕事で活躍する能力を持っているので、プライドを持って活躍できそう」「労働時間と報酬のバランスが応募者の望む生き方に合っている」など、その企業に貢献することがその応募者の求める幸せに通じることを確認できた時に、一緒に幸せになっていくことを目的として雇用契約を結ぶということになります。前者のスタンスでは、企業に貢献する力があるかどうかに焦点が当たり、応募者の幸せが考慮されていないことも出てきます。

 応募者の側に問題があるケースもあります。採用してもらいたいが故に、「自分にはこんな能力があります。必ずこんな貢献をしたいと考えています」「御社のミッションに非常に共感しております」と企業優先のスタンスでアピールしてしまい、「自分はこの会社で働くことで自分の求める幸せが手に入るのか?」という観点を見失っていると、ミスマッチも起きるでしょう。

 企業活動の中で「参加するメンバーと一緒に幸せになりたい」という思いはあったとしても、現実的には、「自分=企業の幸せのためにメンバーに協力をしてもらう」という企業優先のスタンスになってしまっていることなないでしょうか?悲しいことは、先ほどの採用面接の場面でいうと、前者の採用面接官は「企業の幸せのために社員が協力する」という構えで仕事をしているので、自分の幸せを忘れている可能性もあることです。パワハラをするマネジャーも一緒です。

「自分達が幸せになること」「一緒に仕事をする人と共に幸せになる」という共存共栄のスタンスを見失っては幸せにはなれません。また、幸せになりたいのであれば、「企業の幸せのためにメンバーを参加させる」という経営思想の企業で働いてはいけません。「参加するメンバーと一緒に幸せになる」という目的を見失っていない企業を選ぶべきでしょう。

 経営の立場でも気をつけるべき点です。経営の思いとして、「社員と一緒に幸せになる」という思いはあるでしょう。貢献してくれるメンバーに幸せになってもらいたいという思いがあったとしても、現実的には、「企業の幸せのためにメンバーが協力する」という企業優先のスタンスが生まれやすい世の中です。世間の主流がそちらだから。企業規模が拡大すればするほど、その組織の存続が目的化し、「一緒に仕事をする人と共に幸せになる」という目的が薄れていきます。しかし、繰り返しますが、企業に所属しながら自分が幸せになりたければ、「参加するメンバーと一緒に幸せになる」「一緒に仕事をする人を幸せにする」という構えを崩してはいけません。少しくらいは仕方がないと感じる人が多数を占め、「企業の目的は社員を幸せにすることだ」という表現よりも「企業の目的は売上をあげて、利益を稼ぐことだ」という表現が適切だと感じる人が主流になると、不幸なパワーハラスメントが増えていくでしょう。


(3)グッドサイクルを生み出すマネジャー


 これを是正していくには、一人ひとりが「一緒に仕事をする人を幸せにする」という目的を持って仕事をすることが必要です。特に企業の中核として活躍するマネジャーにはこの姿勢が必要です。成功循環モデルに倣って、目的の違いから生じるグッドサイクルとバッドサイクルの例を示してみました。

【グッドサイクルを生み出すマネジャー例】

 

【バッドサイクルに陥るマネジャーの例】

 パワーハラスメントに困っている企業で、パワーハラスメント研修を繰り返し、「パワハラの定義」を共有し、「パワハラにならないコミュニケーションの取り方」を学んでも、この「一緒に仕事をする人と共に幸せになる」という目的が見失われている企業では、根本治癒には至らず、パワーハラスメントはなくならないでしょう。


(4) 献身的な行動が自分の幸せにつながる


 少し誤解をする人もいそうですし、モヤモヤする人もいそうなので、もう一つ話を追加しておきます。「企業のために献身的に働いて何が悪い」「企業のために働くことで企業が発展して、自分も幸せになれるんだ」という主張です。

 この考えを否定している訳ではありません。社会の成り立ち上、「幸せになろうとすると、集団のために献身的な行動をすることが必要だ」ということはあります。

 この分かりやすい例として、『南極の父親ペンギン』の話があります。
 南極ペンギンの母親は卵を産むと、少し暖かい海に出てイカの赤ん坊を食べながら産後の回復をします。そして、父親が厳寒の南極の冬の間、立ち尽くしたまま足と腹の脂肪で卵を包んで孵化させるのです。父親たちは集団で身を寄せ合って熱を逃さないようにしているのですが、ローテーションで身も凍るような外縁部と暖かくて居心地の良い中心部と、その間の各段階を均等に分担します。

 どのペンギンも温かくしていたいし、自分の卵を孵化したいという欲を持っていますが、温かくしているには群れが必要になります。群れ全員の体熱が合わさらなければ凍え死んでしまうのです。そうならないためには、皆で協力をしあうしかない。誰もが、交代で温かい中心部に入り、交代で尾羽をカチカチに凍らせながら外縁部でも過ごすのです。

 こうなってくると、外縁部でも過ごすという行動は、各自の利益と全体の利益を同時に満たす営みとなっていますので、「集団のための行動」なのか「利己的な行動」であるのかは区別できません。

 社会とはそういう仕組みになっています。企業という集団に属することで、環境の変化にも耐え忍ぶことができます。怪我や病気をして会社を休んでも生きていけます。そんな時に支える側になる人の負担は増えるでしょう。組織の中には人員が足りず厳しい環境で仕事をしないといけない人もいるでしょうし、誰もが均等に同じ条件での仕事はできません。そんな時は、集団のために頑張らないといけないという面が出てきます。

 ここで、集団のためだからという理由で、外縁部で凍え死ぬような人を出すようなことがいけないのです。体が弱いペンギンは他の人と同じように外縁部に立てないかもしれません。しかし、そのペンギンも体温を持っていて、そのペンギンなりの貢献ができますし、その貢献によって集団に所属する意義があります。それを貢献が少ないからと攻撃し、集団から追い出すような行為をしたとすると、それは「集団のための行動」ではないですし、集団の力を損ない、自らの幸せを失う方向に向かう行動になります。

 企業活動というのは長く続く営みです。環境の変化の中で必ず逆境も生じます。その苦しい時に、人間の本性や本質は現れるもので、苦しい時にグッドサイクルを回せる力を養っておきたいものです。信頼関係で結ばれた組織では、コミュニケーションコストも小さくなりますし、助け合いやチームのためのメンバーの献身的な行動も増えていきます。

パワーハラスメントとは、企業がバッドサイクルに陥っている黄色信号で、集団として「幸せになる」という目的を見失っている兆候です。本質的な目的を再定義し、助け合う社員関係を取り戻すべく、経営が先頭に立って取り組むべき問題です。社会からパワハラをなくしましょう。誰もが安心して働ける社会にしていきましょう。そして集団の力を高め、皆でハッピーになっていきましょう。

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