主体性を育む

多くの企業の採用募集ページには
「主体性を持って、行動できる人」という人物像が載っています。
しかし、「周囲の人間の主体性を発揮させ、行動させることのできる人」
という募集は滅多にお目にかかれません。
何でなのでしょう?

まず自分で立つことが出来なければ、
周りの人に影響を与えられないということなのか、
新人は部下を持たないからなのか、理由はあるでしょうが、
「人を育てる能力」にもっとフォーカスして良いのではないかと感じるのです。

クラブ活動にせよ、サークル活動にせよ
同じクラスの中で何かを企画することにせよ
社会人として世に出る前に
「人を育てる機会」なんてものは、いくらでも存在します。

ドイツのマイスター取得基準では「後進を指導する能力」が問われます。
当然、マイスターは「部下を育てられて当たり前」ということになります。
そうすると、「部下の主体性を発揮させられずに困っている」
なんてことは天に唾する行為になってしまいます。

単純に、マネージャーになれば「部下を育てられて当たり前」
「部下の主体性を発揮させることができて当たり前」
という常識ができれば、
この問題の大半は解決すると思われます。


「主体性がない」理由には様々なことが考えられますが、
最近私が感じる原因は、「
貧弱なセルフクエスチョン」にあります。
人は生きている限り、自分の頭の中で「問い」を発しています。
例えば、「今日の晩御飯は何にしようかな?」とかです。
そういった自分に対して問いかけている質問を「セルフクエスチョン」と言います。

この問いに答えることで、物事を判断し、行動を起こしているわけです。
しかし、この問いが固定化していると新たな発想など出てきません。

例えば、部下に
『「タブレットPC」という言葉を使って1分間で問いを考えてみて」
という演習をさせたらどうなるでしょう?

「タブレットPCは月々いくらで使える?」
「タブレットPCで自分は何ができる?」
という自分の生活における問い

「顧客に対してタブレットPCはどんな効果をだせる?」
「タブレットPCで社内のどんな業務を効率化できる?」
という事業や組織に関する問い

「タブレットPCはビジネスとパーソナルの境界をどう変える?」
「タブレットPCによってどのようなマーケットが出現する?」
といった社会のあり方に関する問い

などと、少し世界観が垣間見えます。

何種類くらいの問いを考えられるかで、発想の豊かさを測れるかもしれません。

偏った視点の部下に対しては、新たな視点を繰り返し投げかけることで、
発想を変えることができます。
「アイデア=やりたいこと」を思いつくようになれば、
そのうちいくつかは行動に繋がります。

そして、「問い立てる能力」を磨くには、
「良質な問いを持った人と接する」ことが一番です。
あの人であったらどう考えるだろうか?
という問いは、多くの可能性を秘めています。

自由に考えさせても主体性は生まれません。
思考の枠組みを作り、広げる上司の関与が鍵を握ります。

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